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작성자 사진rlxonorg

20240616 少しもはばかることなく

(使徒言行録28:25~31)


今日は使徒言行録講解の説教を終えます。本文の内容は数週間にわたって詳しく見てきました。 そこで今日は使徒言行録全体を締めくくりつつ、使徒言行録という名前の中に含まれる「使徒」に焦点を当てて御言葉を伝えたいと思います。


1.イエス様が弟子にしてくださったこと

福音書をイエス様の教えと行なったことを記録した本だとしたら、使徒行伝はイエス様の弟子たちがイエス様の教えに従って行なったことを続けていく内容を記録した本と言えます。弟子たちは、イエス様が行なった驚くべきことを行い、時にはそれよりも大きなことも行いました。

しかし、イエスの弟子たちが最初から優秀だったわけではありません。福音書を見ると、イエス様と同じくらい頻繁に登場する弟子たちの姿を見ることができます。 福音書に現れた使徒たちの姿はとても残念なものです。 彼らは時折勢力争いをしたり、信仰がなくてイエス様に叱責される場面がよく見られます。 彼らは一度はイエス様のために自分の命も惜しまないと大声で叫びましたが、誰もイエス様の葬式に参加しませんでした。

普段、パリサイ人や書記官たちがイエス様の弟子たちに向かって烏合の衆(うごうの衆)とみなし、嘲笑し、無視していたのは、実は過小評価ではなかったのです。


では、罪人たちを罪と死から永遠に救う偉大な十字架の働きは成功されたイエス様が弟子を養成する仕事には失敗されたのでしょうか? ことわざにも「立派な木は葉っぱから見分ける」[せん檀(だん)は双葉(ふたば)より芳(かんば)し]とありますが、イエス様は人を見る目が足りなかったのでしょうか?いいえ、もしそうなら、イエス様は神様ではありません。

イエス様は、成長しそうな(成長可能性のある)木の葉の双葉を見分けられなかったのではなく、最初から「ダメ」な(可能性のない)木の葉を持ってあなたの弟子として育てることを決めておられたのです。


2.ペンテコステの聖霊降臨で初めて弟子らしさ

イエス様の弟子訓練のクライマックス(クライマックス)は、ペンテコステの日、マルコの屋根裏部屋に集まった時、聖霊様が強力に臨在された時に行われました。聖霊が天から弟子たちの空虚だった心霊の中に臨在されると、五つ子弟たちが、'ダメ'な木の葉がようやくイエス様の弟子らしい弟子に生まれ変わります。

聖霊の臨在を経験した彼らは「イエスの真似をする」程度ではなく、「本物の」イエスのように生き始めました。 彼らはイエスの名前で水と聖霊でバプテスマを施し、病人を癒し、悪魔を追い出し、奇跡を起こしました。 このような驚異的な能力を発揮した使徒たちは、初代教会の中でスーパースターのように扱われたと考えられます。 しかし、聖書を見るとそのようなことはありませんでした。 なぜでしょうか?

実際、ペテロ使徒は初代教会で最も影響力のある人でした。 しかし、彼は過去、自分がイエス様を3回否定した恥ずかしいことが福音書に記録されるのを止めませんでした。 ペテロだけでなく、すべての使徒の忘れたい過去の恥ずかしい行いを福音書に記録しました。 だから、福音書を読んだ聖徒なら、十二使徒の黒歴史(暗い過去)をすべて知っていました。

そのため、聖徒たちは使徒たちを見ながら慰めと勇気を得ることができたでしょう。 使徒ペテロも、使徒ヤコブも、使徒ヨハネも、使徒ヨハネも過去の私と同じだったのに、イエス様と聖霊様があんなに素敵に使ってくださったのだから、私ももっとイエス様を頼らなければならない!」と思ったのではないでしょうか。 したがって、使徒たちの活躍を通して、使徒たちではなく、彼らを弟子にしてくださったイエス様がより高く評価されることになるのです。

聖徒の皆さん、もしかしたら、皆さんに消し去りたい恥ずかしい過去がありますか? 身を震わせるような黒歴史(暗い過去)がありますか? しかし、それによって、皆さんが少しでも主の前に、人の前に謙遜になることができることを覚えてください。ただ主の名だけを高める役割をすることを考えれば、私たちの過去は捨てるべきものではありません。


3.彼らの最後の姿がイエス様の弟子であることを確認させてくれる。

使徒たちがイエス様の弟子として輝いたのは、彼らが行った偉大な行事のためではありません。 彼らの最後の姿のためです。 今日、全世界で大きく教会成長を成し遂げた多くの有名な牧師や教会員の中で、社会的に成功し、様々な教会で証しをした有名人が老後、道徳的、倫理的に社会に物議を醸すことで失望感を与えることがよくあります。

本当のイエス様の弟子は人生の最後の瞬間にイエス様が見えます。イエス様の十二使徒は最初はイエス様についていけませんでしたが、最後の瞬間、彼ら全員がイエス様のように死にました。 イエス様のように生きるというのは、イエス様のように死ぬという告白を含みます。

聖書には、ヘロデ・アグリップバ1世によって最初に殉教したヤコブ使徒に関する記録しかありません。 しかし、伝承によると、他の使徒たちもイエス様の後に続きました。

まず、ペテロ使徒です。64年、ローマで十字架に逆さまに吊るされて殉教した。

ペトロの兄弟である使徒アンドレ、70年、パトラスという場所で木にぶら下がって殉教。

ドマ、中国のような遠いところまで福音を伝え、70年頃、インドで生きたまま火刑に処され殉教。

使徒ピリピ、スグディアで福音を伝え、54年頃、87歳でヒエラポリスで十字架につけられ殉教。

マタイとも呼ばれたレビ、ペルシャとエチオピアで福音を伝え、60~70年の間にエチオピアで首を切られて殉教。

バドロマ、ソヤシアとインド、そしてアルメニアで福音を伝え、70年頃、カスピ海近くで十字架につけられ殉教。

アルパオの子ヤコブ(小)ヤコブ、63年頃、エルサレム神殿の頂上から投げ落とされ殉教。

熱心なシモン、エジプトと北アフリカで福音を伝え、現在のスペインとイギリス諸島でも福音を伝えたと言われているが、74年頃、シリアで十字架につけられ殉教。

ダダオと呼ばれたもう一人のユダの使徒は、イエスの昇天後、エルサレムを離れて外国に福音を伝えた最初の使徒として知られ、シリア、ペルシャ、アルメニアに福音を伝え、72年頃にシリアで殉教。

ユダヤ人ユダに代わってマティア使徒はアルメニアで福音を伝え、70年頃に十字架につけられ殉教した。

最後に、エペソ教会で福音を伝えた使徒ヨハネだけが寿命を全うし、100年頃にエペソで平和に死にました。

愛する聖徒の皆さん、誰がイエス様の弟子なのでしょうか? たとえ最初は何度もつまずき、何度も落ちたとしても、人生の最後の姿がイエス様のような人こそ、イエス様の弟子であると言えるのです。

今よりも私の最後の姿がもっとイエス様に似てほしいです。

私たちの中でこのことを成し遂げられる方は、聖霊の神様です。

4.聖霊の臨在は人格を変えます。

このように、イエス様の十二使徒と弟子たちが最後までイエス様のように生きることができたのは、聖霊の臨在のためでした。聖霊の臨在は、イエス様が私の中で、私の中で、私と共に、共に歩むことを可能にします。

聖霊の臨在」は「憑依」ではなく、憑依はある神的存在が人間の体を一時的に借りて行動するもので、「非人格的なもの」です。 しかし、聖霊の臨在は人格的な出会いです。私の中で三位一体の神様との交わりが起こるのです。 聖霊様が私の中で私を説得されます。 そのため、思考と感情と理性の変化が起こります。 性格が変わります。しかし、「憑依」は人格の変化とは何の関係もありません。

聖霊の臨在を経験すると、今まで平気で話していた淫談(淫乱で徳から外れた卑猥な話)や六字(悪口)が、非として傷つくように感じます。聖霊の臨在を経験すると、淫乱な生活が忌まわしく汚く感じられます。逆に、神の御言葉と祈り、賛美と礼拝が好きになり、待ち遠しくなります。

聖書で代表的な人物を挙げるとしたら、まさに「サウル」と呼ばれた「パウロ」ではないでしょうか? 彼はイエス様を信じる者たちを迫害していた代表的な人物でした。 そんな彼が聖霊の臨在を経験してからは、イエス様のために迫害される者と自認します。 憑依」では説明できない人生の変化です。

今日、信仰生活を聖霊の「臨在」ではなく、「憑依」のようにする人がいます。 憑依」、時には奇跡を体験することもあります。 時には奇異な能力が現れることもあります。 しかし、人格と性格には何の変化も起こりません。 世の中に落ちた生活にも何の変化もありません。 憑依」ではなく「憑依」だからです。 憑依」は結局、偶像崇拝です。代表的な人物が旧約聖書のサウルであり、新約聖書ではユダヤ人ユダヤです。 彼らはかつて神様の前で熱心に仕えたが、結局、自己の欲望に取り憑かれ、悪霊に操られます。

しかし、「聖霊の臨在」を経験した人は、決して悪霊が入り込むことはできません。 人格が変わるので、簡単に変質することはありません。 聖霊の臨在を享受する聖徒は、苦難が訪れる時には、その中でイエス様の香りの香りが濃く広がります。

礼拝を通して聖霊の臨在を享受する聖徒は、礼拝と生活がつながります。 しかし、「憑依」は礼拝と完全に断絶された一週間を送ります。

あなたの礼拝は「憑依」ですか、それとも「臨在」ですか?

使徒言行録は、聖霊に「取り憑かれた」者たちの話ではなく、聖霊の臨在によって、イエス様の弟子となった彼らの姿を記録した本です。

イエス様のように生きるという告白は、イエス様のように死ぬという告白だという事実を覚えておいてください。

5.未完成の使徒言行録 - 大胆に、大胆に、大胆に

今日私たちは使徒言行録の最後の本文を見ています。見ていただければ分かると思いますが、突然話が終わります。2年後、パウロがカイサの前で裁判を受ける話がありません。 伝承によると、パウロ使徒は2年後、カイサ皇帝の裁判を受けて解放されます。 しかし、この話もありません。 なぜなら、使徒言行録の目的がそこにないからです。

使徒言行録は未完成です。映画で言えば、エンディングクレジットが上がらないように、まだやるべき話が終わっていないということです。 多数の神学者たちは、第一シリーズ「ルカ福音書」と第二シリーズ「使徒言行録」を記録したルカが第三シリーズを記録する計画を持っていたが、何らかの理由で記録できなかったと推測しています。私も格式のあるルカがこのように突然文章を終えたことが不思議に感じられます。 しかし、一方でこれはむしろルカの意図的な終わり方かもしれません。

私が個人的に尊敬する、英国最高の説教者として知られているマーティン・ロイド・ジョーンズ牧師の説教は、緻密で堅固な論理が目立ちます。 ところが、実際のロイド・ジョーンズ牧師の説教文を見ると、あちこちに余白がありました。 何人かは、彼が説教の準備を徹底的にしなかった証拠だと言いました。 しかし、ロイド・ジョーンズ牧師は、自分が説教をする時、聖霊の導きを受けるために一部に余白を残したものだと明らかにしました。

使徒言行録の次の部分は、今も聖霊様が書き続けてくださっているのです。


6.使徒言行録は、福音と迫害の不可分の関係を示しています。

使徒言行録を終えながら、私たちが必ず覚えておくべき重要な原則があります。それは、福音と迫害は不可分な関係であるということです。 キリスト教は迫害と軽蔑の現場で自分の驚くべき生存能力を示しました。むしろ、迫害がなく、軽蔑がないところでは、福音はなかなか存在感を発揮できないようにも見えます。

使徒言行録1章8節に、イエス様はこのように言われました。 "聖霊があなたがたに臨めば、あなたがたは力を受け、エルサレムと全ユダヤとサマリヤと地の果てに至るまで、わたしの証人となる。"

この御言葉は、ペンテコステの日に聖霊が降臨された出来事で最初のテープを切りました。 そして、エルサレムから全ユダヤに、全ユダヤからサマリヤに、またサマリヤから地の果てまでタンポポの種のように広がり始めたのは、他でもない「迫害、迫害、軽蔑」のためでした。

不快なことは一瞬でも我慢できない現代人には、とても受け入れがたいことです。 しかし、二千年のキリスト教の歴史を見ると、明らかにキリスト教は迫害によってあちこちに広がっていき、あちこちで生育し、繁栄していきました。

今日の本文の御言葉を見ると、ローマのユダヤ人たちが最終的に福音を拒否する場面が出てきます。 福音を拒否したからには、もうすぐ逆風が吹くでしょう。 今までそうであったように、福音を拒否したユダヤ人は暴力的に迫害し、迫害します。

実はこの時まで「キリスト教」はユダヤ教の一派とされていました。ユダヤ人が信じ、望む「メシア」がイエスであると告白する者たちは、まだユダヤ人のスカートの下にあったと言えます。 しかし、次第にユダヤ人の反対と迫害が激しくなるにつれて、ユダヤ教とキリスト教は明確に区別され始めます。

当時、ローマ帝国の支配下で、ユダヤ教は宗教として認められた数少ない宗教でした。ユダヤ人はローマの宗教行事で偶像崇拝をしなくてもいいという恩恵を受けていましたし、キリスト教徒もユダヤ教という垣根の中にいたため、偶像崇拝を避けることができたのです。

しかし、ユダヤ人たちがキリスト教徒を強く非難し、線を引いたことで、ローマ当局はキリスト教徒を許可されていない密教とし、残酷に迫害し始めたのです。 特にネロ皇帝の治世時には、ローマの対話制の責任を無実のキリスト教徒に押し付けることで、数多くのキリスト教徒が残酷に虐殺されることもありました。

しかし、驚くべきことに、迫害に迫害を重ねるにつれて、クリスチャンはどんどん増えていきました。 クリスチャンの博愛と犠牲、謙虚さと愛など、まったく新しい国の性格は、この頑固なローマという世俗国家の中で育ち始めたのです。

使徒ヨハネの弟子として知られるサマーナ教会の司教ポリカップの殉教にまつわる逸話は有名です。 彼は年老いた元老の時に、アリーナで公然と火刑に処されました。 その時、執政官は、「宣誓しろ!キリストを罵れ!そうすればお前は自由を得るだろう!」と言いました。 そこでポリカップはこう叫びました: "私は86年間、キリストに仕えてきたが、キリストは私に害を及ぼしたことは一度もありません。 それなのに、私の王であり、私の救い主であるキリストをどうすれば罵ることができるでしょうか。"と。

キリスト教は恐ろしく残酷な迫害を受け続けましたが、驚くべきことに、キリスト教は「大胆不敵に」福音を伝え続け、クリスチャンはますます増えていきました。 なぜでしょうか?それは、真のクリスチャンが殉教する時、自分の中にあるキリストの姿を世界に明らかにしたからです。 最初のキリスト教の殉教者であるステファノを思い浮かべてみてください。 彼が殉教した時の姿は、まるでイエスに似ていませんでしたか? 顔からは光が現れ、自分に石を投げる者たちに向かって赦しを与える彼の性格は、紛れもなくイエスと同じでした。


ところが313年、ローマの一人者となったコンスタンティヌス将軍は、キリスト教を公式に認めます。その後、教会はもはや迫害や迫害を受けることはなくなりました。 そして325年に皇帝になったコンスタンティヌスは、自ら教会の公会議を主宰します。地下に隠れて信仰生活をしていたクリスチャンたちが、ローマ帝国が提供してくれる豪華で素晴らしい場所で礼拝をし始めます。聖人と大差なかった牧師たちは、華やかな服を着て、頭には金色の冠をかぶるようになりました。 以前はイエスに命を賭けた人だけが教会に登録していましたが、今は皇帝の目を気にする人々が自発的に教会に出席し始めます。 そうして教会はますます豊かになり、大型化しました。 当然、殉教する人も見かけなくなりました。

教会は次第にイエス様の御名の力を使わなくなりました。 同時に、教会内には霊的な腐敗と不正が多くなり始めました。


教皇イノセント4世とトマス・アキナスは、コンスタンティヌス皇帝が建てて寄贈したラテラン大聖堂のバルコニーに立って会話をしていました。 ちょうどその時、各国から送られた献金袋が続々と大聖堂に届いていました。 それを眺めていた教皇イノセント4世が言いました。 "アキナス先生、見てください。使徒ペテロが銀と金は私にはないと言ったのに、今、教皇庁には銀と金があふれています」。

すると、トマス・アキナスは深呼吸をして答えました。

はい、そうです、しかし、教皇様!今日の教会には銀と金はありますが、代わりに座り込んだ人に『起き上がれ、歩きなさい』と言うことができるナザレのイエス・キリストの名前の力は失ってしまいました。

ローマ・バチカン市国教皇庁内のパウロ・チャペルは、古くからローマ法王のみが立ち入ることができました。 ここには、16世紀最高の芸術家であるミケランジェロが当時の教皇パウロ3世の依頼を受けて描いた大きな壁画があります。その有名な「ピエロの殉教」という作品です。 その大きさは縦6.25メートル、横6.61メートルとかなり大きいです。題名の通り、絵の中央には十字架に逆さまに吊るされて処刑されるペトロの姿が描かれています。 しかし、ペトロの姿がとても変わっています。ペトロの体格が他の人に比べて過度に大きく描かれています。さらに衝撃的なのは、体をゆがめながらこの絵を見ている観覧者を見つめているペトロの目線です。ミケランジェロは、ペテロが自分を処刑する人々を恨んでいるのではなく、その絵を見ている人をより鋭い視線で睨んでいる絵を描いたのです。

絵を描いてほしいと依頼した人も、そしてこの絵を見ることができるのも教皇だけでした。 依頼を受けたミケランジェロは、最初の初代教皇であるピエトロを描いたのです。 そして、ピエトロの視線を通して教皇にメッセージを送ろうとしたのです。

十字架に逆さまにぶら下がって殉教しているペテロが教皇にこう言っているようです。 私はこのように死んだ。では、あなたはどのように死ぬのか

ミケランジェロに壁画を依頼したパウロ3世は、この絵が完成する1年前の1549年に亡くなりました。 しかし、もし彼がミケランジェロが描いた壁画を見たら、大きな衝撃を受けたことでしょう。 実際、後世の教皇たちはこの作品をあまり好まなかったそうです。 初代教皇が十字架に逆さまにぶら下がって体をゆがめながら警告のメッセージを叫んでいるこの意味深な絵をどの教皇が好きだったでしょうか。

しかし、ミケランジェロが絵で投げかけたこの質問、「私はこのように死んだ。もしそうなら、あなたはどうするのか?" この質問は、使徒言行録全体が語っている核心的な質問でもあります。

臆面もなく大胆に」イエス・キリストに従う弟子たちの姿です。イエス様の弟子たちは皆、転び、失敗し、恥をかかされた経験がありました。 しかし、聖霊の臨在を経験した使徒たちの最後は、これまで以上にイエス様に似ていました。使徒言行録を通して、私たちは聖霊の臨在を経験した者が初めてイエス様の弟子として生きるという事実を学びました。大胆に大胆にイエス様のように生き、またイエス様のように死ぬ私と皆さんになることを願っています。


2021年5月16日に始まった使徒言行録講解説教は、3年半ぶりに、(今日まで)107回の説教で終わります。

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